伐はどうするか。多分、ずっとは会社にはいないと思う。相続した不肋必ぞ布効に生かしたいし、サラリーマンて山山附するには、会社に人午.俸げなくちゃいけないみたい。伐はタイプじゃないから」楠円ハ山凡さん(二九)は、一店日夜一時過ぎまで働いている。「判八時過ぎに出勤して、川竹一聞は会社で事務的な仕いやそして、夜、セールスに川る。外川、お存さんを訪ねても印刷守なんですよ。日眼目は外川り。竹本は大変だけど、社会人として仕事を一泊して向分を成長させなくちゃ仕方がないと思ってる。什の中がどう動いているか、で出会って仕事を通じて理解するしかない。社員同士やお存さんの人間関係も大切だし。一卜子なことすれば会社の伝川傷つけるから点任感もある。他社との競争はれけたくないし。泊四税の実施前は駆込み前提てすごかった。その分、後が大変だけど。社以旅行、て年に二同も海外へ行った。独止して’分で販売店を開〈手もあるけ、今はまだ将来を具体的に考えていない」仕事の話を聞いていると、二代は模様眺めの様子が窺える。彼らはか人生五スタートした中、高年と違って、子供の頃からか人生八年を描いており、恋愛や結婚に関してもよりも、仕事を熱心に話す。先行きと言っても、速い将来ではな〈、二、三年先で三歳をひとつの区切りにしたいと考えているようである。それにしても、誰ひとり「定年まで今の会社にいる」と断言しなかった。そして、仕事は生きがいにはならないが、まだ仕事以外に生きがいを見つけていないと口をそろえた。若い人たちの転職と出世に対する考え方は、好景気と入手不足が重なって、急激に変化している。昨年は転職情報誌が次々と創刊され、。デュダ現象。とまで言われだした。墓尽商工会議所が毎年四月に開講している「新入社員教育講座」を昨年受けた中小企業一七九社の新入社員に実施した「中小企業新入社員の意識調査」では、男性四五七人のうち、「機会があれば転職」「将来は独立」したい人の合計は六三・三%「定年まで働きたい」は三0・0%しかいない。昇進については「人並の昇進で満足」「あまり関心がない」の合計が四四・六%で、「社長になりたい」人は二五・ニ入社した会社で定年まで働きたい人のほとんは社長の椅子を目指しているのであろう。年。で第五寧社会i勾U,か変!liJJIUIの混迷か『のんびり行こうぜ』引状はうか。東洋経済新制限社が昨年k場企業ニ社の人事課長へアンケート訓育したところ、川公を寄せた二二村の一九八一九(附利六)年入社の大・竿引子社員の雌職率は九・六%、であった。

そうでなくても不安を抱え込む年代であるのに、仕事に追われて考えられないから、あちこちに思いが散らばり、まとまりのない状態だから、何かしたい気持があっても「面倒〈きい」となってしまうようである。それにしても、八0年代後半の日本は、目先にとらわれ若者の気力を奪うめちゃくちゃをしてしまった。男のロマンは地価に埋没高度経済成長とともに育ち、「ピンポ!は知らない」と言った二岱あるが、彼らはこの数年、都心に端を発し全国的に広がった地価の急騰には、現代から未来へのかげ橋をはっぷや第五窓社会ii~汰か1NJ1JlllのjU;主力・ずされたような失望感を抱いている。未婚の二代は、住宅の必要性が迫っていないせいか、憤りは聞かれなかった。しかし、クールになりすまており、そこに失望の深さが感じられる。狂乱地価と株価の上昇は、内需に火をつけ拡大させ、日本経済は円高もあって輸入を明やし貿易黒字を減らすのには武献したが。彼らには税の家やマンションがある。行都閤ばかりではないにしても、両親がいない石塚治三さんと同人の次引をのぞく二人が長引で、社宅や間家に住んでいる阿税はいない。本人が大企業のサラリーマンであれば、社-℃もある。大企業は優秀な人材を雌川体するため‘であろう、O社宅の・弘税引きを競うようになり、問内には社此川に共同基地を川なする合楽まで呪れている。社宅に性んで、忘年後は親から相続した家に住めば、住宅問地に悩むこともないが:::。そのかわり、社宅に住み就けようすれば転職、独し止のれ山はなくなる。住宅全融公咋が昨年先ぶした「行都間住宅ぷ識調作」によると、小川駅から問0キロ悶のニ代の持ち家保布中は一R・六%だが、二から三九歳の附情で「税から家を相山町できる」のは氏九・九%。二O代の相続期待分を〈山めた必川点持ち家保布帯。はしハじ・三%にのぱる。血行間刊の淵←によると、片側叩聞で初めてマンションを購入する肘は、三000.力川内の物件を選ぶ。それがロンを合めた支払い能力の上限制なの.であろう。そうなると、立地は都心から五0キロ以上離れた所になる。東京駅を起点にする列車の距離では、東海道本線なら藤沢以西、中央本線は高尾以遠、総武本線では佐倉の手前になる。都内からハイキングに出かけるのにふさわしい地域て、最近、都心へ通勤できる限界距離、時間にあって、付近に雑木林なんかが残っていたりするとか通勤リゾート。と称されるのを見かけるようになった。

職場での行動は状況に応じてほとんどが受動的選択で行われており、能動的、主体的である場合は少ない。それがサラリー・パソンの職業生活であると考えている。皆が好き勝手にやれば、仕事は進展しない。「何もしたくない」ことがまったくない人は、何かしていないと不安になって落着かないか、感情を抑し殺しているか、スーパーマンに思えるが。第五章ti:会i~Ji太か決:1JJJUIのiJtjj;か現代のす少年に非社会的問題行動がけ立つのは、少産紘家族て兄潟、山本政数が少なくな小中生の時から勉強やお稿トけで忙しく、友述と遊ぶ時間がなかったり、フえに、ム疎述になるかの同紙端て、っているテレビや人間間係が常心するか、ビデオとい剛山いひとり遊びができるから、テレビゲJM山川均心、lほどよいスタンスを似つ関係がっくりにくくなってい’るのが以内てはないか。以でっかちな子供にする社会、教育システムをそのままにしておいて、少作になってからの傾向を無礼と分析しても乎巡れ.であろう。それよりも、札口少年には立欲が先仰できる機会や坊を提供するほうがベターである。い桃山・以-な人は、山げに--われでも、そ--に’分を変えられない。いつの時代も小、刈年は打い叶一代を頼りなく感じ、正おは既成社-ムに一以抗して改午ぞボめだが、じ0年代以降の川は舛台が川際化した治訓幣一に励川をあげて店業構法の転倹川.胞といえば、。政治に関しては怠識のギ守ツプが大きす本は、。続令制小心で政治は引なかれ、正義を決め込んでいるからが打が児議ぞだしにくいなのであろう。それよりもれになったのは、インタビューの川、二代の引性に一凡、ん桃山川力とまちが。くに二0年代後半にけ立ち、恋愛などの口ごもる神経が山放れている印象われそうな波労感が見え隠れしたこと.である例人行動、ても、と、「内分がやっても:::」。「而倒くさい」総統み、、ー、rhE、ノて諦めれバ分が強い。身近な例を上げれば、疲れてリラックスしている時、周りから口をだされると煩わしいと感じる、あの雰囲気には、他人を求めたい、意志の疎通をはかりたい気持があっても、行動に及ばないような、自分でない自分を抱え込んでいるみたいな感じがある。「うして?」と問〈と、「こんな毎日でいいのかな1」「営々と働いても家一軒、買えるわけじゃないし」「今、決めても先がうなるかわからないから」と、てんでんバラバラな肱きがもれてくる。彼らの気持は、二一世紀にかけて世界が大きく変わっている時だった。

並んで、内而的幼児性、自己中心性の肥大化、アパシ!と総称される無気力、無関心、無感動な非社会的行動の広がりであると分析している。年は、過半数が社会のために役立ちたいとは、あまり考えていない。社会に不満を持っていても、変えようとはしなにその即一山は、ひとりの力では及はないから。二OK前半まで根拠にされているのは、名砲の淵究結川水であるが、それによると、二Oから二四歳の背雌かに若者は、遊び小心のグループ交際にはたけていても、け的ぞ拘げて組織したり、協力して迎併行動をとるのが判手に比える。日本の青年の社会への係わり万は山脇的または未熟である。社会生前をしていれば、各’の行動は社会と係わりなしには成され得ないが、ひとりでやっても引状は変わらないだろうと、制柘的に係わろうとしない人が多い。二O代後半無附なのであろ・フ。無気力分析する川ナ出は、総務庁背少年対策本部の「青少年の活力に閲する研究調査」(昭和五九年)で一五から二凶歳と二五から六問歳を比較している。「何もしたくない」気分になることが「ある」「よくある」「ときどきある」の合計が一五から二四歳が六六・九%、二五から六凹歳ては五二・五%。「一人きりがいちばん気が楽だ」が五五・六%と三二・一%、「学校や職場に山山るのがイヤだ」は四四・O%と二0・六%があげられている。確かにと以上との問、ては差がついているが、「とききある」場合も気力減退で無気力としてしまうのは少々縫問である。誰だってとききは、何もしたくなくなったり、ひとりでポッ!としていたかったり、学校や職場へ行きたくないと思う時はある。サラリーマンであったり、仕事を持っていれば、そうは思っても上司や職場、生活、妻子のことを考えて、重い腰を上げて行ったり、やったりする。ところが一五から二四歳の大半は暇のある生徒、学生だから、そう思ったら実行する自由がある。私は「何もしたくない」と思うことがとききあるし、しょっち?フ「ひとりきりがいちばん楽」と実感しているが、無気力とは思っていないし、他人から指摘された経験もない。会社に雇われ、新聞記者だった聞は、「こんなに天気がよい日は会社へ行くより海辺へ出てポッ!としていたいな」と思いながら出勤したし、仕事が終って「本を読もう」と思っていても、「一杯やろうか」なんて誘われれば、「何か話があるのかな?」と思いながら深夜までつき合ったりした。人は環境への適応、順応力が鴛くほある。

ドイツのサラリー-時間当りの所得簡は同ドイツ以下になるつとに名山いが、の労働・出伎の一品さは、ているそうだから、本業の時短化が進んで川業を持つ引性が多くなっよほど勤勉なのか、あるいはん系午、育より目かな生前を求めるのか、児から逃がれたいのか。(全日本民間労働組AH述人HAぷ)のシンクタンクとして一九八七{附利六二)年に設述人立された述総午前開発研究所が行った研究報告「ゆとりある生前の柿凶」によると、日本経済が問%台の成長を就け、・5年から、毎年現令一給与を二・1%ずつ上げ、労働時川を一-二一九八九一平成助日数を三%年間労働時間はずつ減らすことがイ能で、ニ001年には収入は一。十引給休暇は年山一二一・一七、」このプランが実引されたとしても、その結決、九訓明し、O-時間に減らせると試引している。K日本の労働時間は洲、ドイツやフランスより長。その時、-えたカ引先作よりはましになる、寺、.’山時川を日本の引れがど・フ使うか、。やかに期待したいこうして見聞きすると、ニ代は好対丸と技術不新の波合受けて、社でき、その後はそこそこの給料、て午前の安定は凶れるが、瓦年以上働いても作則的ポストに就ける出みは部いと、就職は引く手あまたがけんつけられなければ、それも先柿しにくい。彼らは行きが持つ抗感力で、将米をちゃん思わない事怖が浮かび上ってくる。せいぜい労働時間の短縮に望みをかりで私生活を充実させようとい孔持になるわけである。中、高年は「今の若いそンは栂気がない。働かない」と明くが、彼らにしてみれば先は長い。スタートからダッシュすれば、中年になる前に過労死する危険?アクノストレスで不調を党え、出社担氷山、州宅担否症になりかねないから「のんびり行こうぜ」となる。人は実際の実力より以よの自分を拙いて則待をふくらませる判性があるが、共体的に受入れたくないとmザフのが析さの特徴であるPZ。中、.と見通している一川年が「主子のために」と体を張ってがんばって辿り将いた経済大同であっても、チ供の叶一代が求めたものであったかどうかは疑わしい。日本が他同にくらべ、出かで治安がよく便利な京附らしい同であると戸を大にして宣伝しても、既成事実や現実を全而的。しかし、その軒いモンは、小、い川ん年から批判を浴びる対象でもある。ひとりの力は小さい今年一月に刊行された『汗少年白書』は現代の汗少年の問也は、非行なの反社会的行第五章社会i勾汰か変動した。

入社問年以内に一人に一人が転職したことになる。従業員三人以上の事業所で働くサラリーマンは、全国て一二・九%である。(総務庁「事業所統計調査報告」昭和六一年)働くことに対する青年の意識変化は、国際比較のうえでも顕著である。第四立て引用した第四回世界背年な識調査に兄ると、すでに職業に就いている青年のうち、「今の職場て今後もずっと続けて働きたいと思いますか、それとも変わりたい思いますか」に対して、「ずっと続けたい」は二六・二%、「機会があったら変わりたい」が二七・九%、「変わりたいと思うことはあるが、このまま続けることになろう」一一瓦・三%とほぼ、三分される。一九七七(附利五二)年の第二川調官から「ずっと就けたい」は減っており、円本は一一カ同小、故低である。五七・六%と戦場への定折意識が川叫ん仙なのはアメリカ。ランクアップの転職を重ねることが能力の託明になると兄られるアメリカ、であるが、それはエリート・ピジ、不スマンの聞であって、一般の労働者は過半数がレイ・オフもされず同じ職場、て働きたいと考えている様子。そしてか終身雇用。が特徴とされた日本で、青年層の定着意識が薄れている。もっとも、「変わりたい」とはっきり意思表示する割合はアメリカの一六・五%に対して、日本は五・三%しかない。「変わりたいと思うことはあるが、このまま統けることになうフ」がいちばん多いのが日本。要するに、日本の青年は、働きながらときどき迷ったり悩んだりするが、タイミングよく転職の機会が訪れなければ、同じ職場で働くことになるのであろう。彼らは、太田裕介さんが指摘したように、就職を考える時、自分がどう働きたいかを考えるより先に企業のイメージや給料、安定性を重視して会社を選ぶ。そして、ポストの割振りは企業が決定する。七0年代のオイルショックの後、企業は産業別区分が難かしくなるほど、新しい事業を取入れているから、予想もしなかった仕事をすることにもなりかねない。二代は、就職後、一応の仕事を覚えた後の段階で自分の適合性を考え始め、学生時代の同期生等と情報交換をしながら悩み始める傾向が見られる。共通しているのは、アルバイトを除いて、長時間働いていること。一九八七(昭和六二)年の年間労働時間は一二六八時間で、西ドイツ、フランスとくらべると五00時間以上多〈、日本人は西ドイツ、フランス人の一・一孟回働いている。したがって、名目所得であったのである。